<14>私と日本共産党

日本共産党は創立92周年を迎えました

日本共産党は今日、創立92周年を迎えました。

日本青年館では、志位和夫委員長による記念講演が行われました。インターネット中継も行われましたので、私は、地域の皆さんとともに事務所で視聴しました。

1922年7月15日に創設された日本共産党は、「戦争反対」「国民が主人公」と口にしただけでも、逮捕・投獄された戦前の天皇制の暗黒政治のもと、命がけで反戦平和、国民主権の旗を掲げ、活動してきました。

小説家の小林多喜二のように、逮捕されたその日に拷問され、命を奪われた人もたくさんいました。

戦後はこの日本共産党の主張が、今の憲法にも盛り込まれました。

いま、安倍政権のもとで、集団的自衛権の行使容認の閣議決定がなされ、日本は
再び、戦争する国への逆戻りを許すのかどうかの帰路に立たされています。

また、消費税の増税を強行する一方で、法人税のさらなる減税を計画するなど、国
民の暮らしよりも企業の利益を優先する政治が行われています。

原発再稼働、輸出も国民の命よりも企業の利益を優先するものです。

安部政権の暴走に対し、いま、様々な人が立場の違いを超えて共同の闘いをひろげ
ています。

私も、暮らしと平和を守るため、多くの皆さんと力を合わせて頑張ります!

私と日本共産党ーー「誰もが安心して平和に暮らせる社会を実現したい」

3人きょうだいの長女

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1967年、板橋区生まれ。祖父母、両親、弟、妹、父の姉家族も同居という大家族の中で育ちました。共働きの両親に代わり、長女として弟や妹の面倒をよくみていました。

小学生のころは地域の子ども会のリーダーとして、キャンプや遊びでも小さな子どもたちの面倒をみました。

 

「戦争はぜったいにイヤ」

 

私の祖父は、第二次世界大戦で硫黄島に行きました。そこでは食べるものもなく、飢えと病気との戦いだったそうです。幸い、祖父は米軍の上陸作戦が始まる前に日本へ引き揚げることができ、命を落とすことはありませんでした。小学生のときに読んだ「はだしのゲン」という広島の原爆を描いたマンガにも、たいへんな衝撃をうけました。

幼いころから戦争の恐ろしさを見聞きしてきた私は、「戦争はぜったいにイヤ」という思いを強く抱いていました。

 

18歳で戦争反対をつらぬいた日本共産党に入党

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15歳のとき、戦前、「戦争反対」と言っただけで逮捕されてしまった時代に命がけで戦争反対をつらぬいたのが日本共産党だったということを知りました。私も「平和を守るために何かしたい」と、平和運動などに取り組んでいた青年団体の活動に参加。高校卒業の年の18歳のとき、日本共産党に入党しました。  

 

27歳で区議会議員に

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お菓子作りが趣味だった私は、好きな仕事にたずさわりたいと大学卒業後、江東区内の洋菓子メーカーに就職。総務や営業の仕事をしていました。

仕事が面白くなってきた就職3年目、突然、立候補の要請が。悩んだ末、「人の役に立てるなら」と立候補を決意。地域のみなさんのご支援で27歳で初当選しました。

これまで4期16年、多くの方々の声をお聞きし、議会内外で要求実現の運動に取り組んできました。子育ての問題、医療や介護の問題、住宅やくらしの問題など区民の皆さんから寄せられる声は切実です。「だれもが安心してくらせる平和な社会を実現したい」「いのちと暮らしをしっかりと守る区政を実現したい」―――この思いで、引き続きがんばります。

 



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