2015年10月

戦後70年を生き抜いた証人からあなたに伝えたい〜中国残留婦人 栗原貞子さんのお話を聞く

「戦後70年を生き抜いた証人からあなたに伝えたい」と題し、中国残留婦人の栗原貞子さんの体験を中心に、中国残留邦人の方のお話を聞く会が開かれました。

戦後70年を生きた証人からあなたに伝えたい
栗原貞子さんは、敗戦色が濃厚になっていた昭和19年、19歳の時に「開拓女塾」に入るために満州に渡りました。

国は、満蒙開拓義勇隊の男性の結婚相手として「開拓女塾」に入塾する女性を募集。しかし、栗原さんはそのことを知りませんでした。

栗原さんは、満州に移り住んでいたお姉さんに会いたかっただけで、お母さんを一人残してきていたので、すぐに帰るつもりでした。

しかし、どうにも断れず結婚。夫はすぐに兵隊にとられ、その後、ソ連侵攻で妊娠4ヶ月だった栗原さんも山の中を逃げまどうことになりました。

「生きられるだけ生きようね」と約束した友達も自ら命を絶ったそうです。逃避行は想像もできないほど過酷なものだったでしょう。

その後、ご飯をもらいに行った中国人の家で働くことに。出産後は働くこともできなくなるのを心配した中国の人の勧めで、中国の方と結婚することになった。

結婚した人はとても優しく、日本人との間に生まれた子どもを自分の子供として育ててくれたそうです。

日中国交正常化後、しばらくして一時帰国を勧めてくれたのもご主人だそうです。残念ながら、日本への本格帰国を果たす直前に、病気でなくなってしまったそうです。

54歳の時、まず、長女と次女を連れての帰国でしたが、親族の引受人がいない人は、日本人なのに日本に帰ることが認められていなかったそうで、結局、多くの支援者に支えられて、帰国することができたそうです。

国策で、満州に送られ敗戦で捨てられた中国残留邦人。国が戦争の犠牲者を支援するのは当然ではないでしょうか。

戦後70年、戦争体験者がだんだん少なくなる中、戦争を体験した方のお話を直接お聞きする機会は貴重でした。

戦争は悲惨なものです。二度と戦争の惨禍を引き起こさないために、努力を続けていかなければならないと思います。












Page: 1
TOPPAGE TOP 
RSS2.0